「この小屋はひいじいちゃんの建てたもので、この山を含めてこの辺り一帯はほとんどあたしんち代々の土地。いい? 魔王だかなんだか知らないけど勝手に住まれると困る」
女はまくしたてた。
「所有権の問題か」
私は頷いた。むらおう、とは奇妙な理屈だが対等の立場で意見を述べたいという意図は理解できた。そしてその権利もあるのだろう。
「そういうこと」
溜息を吐いて女は肯定する。
「田舎だからね。不審な人の出入りはすぐ広まるし、不安にも思われる。わざわざこんな山奥まで逃れて来た理由は聞かない。警察沙汰とか面倒だし、ここでは被害も特にない。他所でやってくれれば文句もない。速やかに立ち去ってくれるかな?」
「断る」
私は端的に答えた。
「警察呼ばれたら困るのはおじさんだよ? 髪の毛青いし、肌もなんか灰色だし、マントに鎧だし、なにをしてなくても身柄ぐらい確保される。不法侵入ではあるし、魔王ったって警察に追われたら困るでしょ?」
「所有権は知らないが、この土地は契約によって私の父に譲られている。その契約を引き継ぐ私のものでもあるということだ。おまえが見逃せばいい。以上だ」
なにを呼ばれようと困りはしない。魔法こそ使えないがこの土地で私を害することは不可能だ。父がこの世界に呼ばれ、契約を結び、履行した。その結果としての土地であればこそ、私が魔界から出てくることも出来た。
数少ない遺産である。
「おまえ、っておじさん」
「これを見ろ」
尚も食い下がってくる女に私は手を広げ、契約の証を浮かび上がらせる。『儀三郎』父と契約した者の名前だ。その血で書かれた文字である。
「ぎさぶろうって、ひいおじいちゃんの名前……でも、それがなんだって言うの? 契約っておじさんのお父さんと……?」
「この文字を消せるのならば契約を破棄することはできる。たとえばナイフで突き刺して潰してもいい。だが、対価は発生する。例えば、こうしてみれば」
私は自分の爪で文字を押す。
刺さらない程度に軽く。何度も。
「いっ、た、たたたたたたっ」
女が腹を押さえて屈む。どうやら父と契約した人間の子孫ではあるらしい。この土地の所有権を持っているのも本当だろう。ならば生かしておかねばなるまい。
「このように、なる」
私は文字を突くのをやめる。
「? おじさん、なにやったの」
「契約を結ぶにあたって、おまえの曽祖父は命を差し出した。この土地を譲るか、死か」
「ひいじいちゃんはもう死んでるのに!」
「関係ない。期限は区切られていない。子々孫々、契約の効力は生きている。わかったら立ち去れ。以上だ」
私はそう言って背を向ける。
「く、の。覚えてろ! おじさん! 今日のところはそのマジックに免じて見逃してやる! このマジック王! マ王め!」
腹を押さえながら、女は小屋を飛び出した。本当に奇妙な女だ。人間は魔族を見ると恐れ慄いてすぐに服従すると父は言っていたが、時代が変わっているのかもしれない。
契約から100年近くは経っている。