ONE PIECE 第81話

“涙”を読み返しました。

 

あんないたいけな小娘が

自由を信じて コツコツコツコツ8年も

バカみてェに よく集めたもんだぜ!!

 

ゲスい顔のネズミのセリフが冴え渡る。しかし、いたいけ? いや。まだこの時点のナミの胸はいたいけな小娘の範疇か。このセリフの後にストレスから解放されて急成長を遂げていくと考えるならココヤシ村まではセーブしてた尾田栄一郎と言うことになるのか。

 

そんな訳ないだろ。

 

ネズミやアーロンが思惑通りに動く小娘を嘲笑い、命を捨てとどまり耐え忍ぶ戦いをしていたゲンさんたちは戦う方向へ。希望は失われ、ナミが助けを求める回。

 

当たり前だ!!!!!

 

麦わら帽子をナミにかぶせて声を張ったルフィの勇ましさはもはや説明不要ですね。なにも知らないし、島とも関係がない。助ける理由はナミが仲間だから。この辺りは前回の話とも絡むところですが、泥棒をやって村を救おうとしたナミの正しさだとか、そう言うナミに8年も任せて本当に堪え忍んじゃった村の大人たちの妥当性だとかの問題をルフィの立場に影響させないための手法だと考えられます。

 

8年で海軍本部を動かす努力ぐらいしろや。

 

みたいな話にならないようにしてる訳ですね。それこそコビーの例を出せば島の若者が海軍に入って偉くなるぐらいのことは出来る期間ってことになるし、海軍を動かせる有力国家に働きかけるとか、努力の方向性はなくもなかったんで。ナミ任せはいかにも手落ちだと言う意識は話作りにあったと思われる。

 

けれど、このエピソードがONE PIECEの基本。

 

意図的なものなのか、作家の持つ一定の癖になったのかはわからないけど、ルフィを状況のややこしい話に関わらせず自由に思い通りの動きをさせ、結果としてその場その場の状況を解決していくスタイルはここで完成を見たと思う。ウソップ編やサンジ編ではそこそこルフィが物語上の主体なんで、違うと言う意味で。

 

ヨサクとジョニー、殺す価値もねェほど弱い。

 

ナミを魔女と勘違いした詫びで戦いを挑む気概はいいんだが、ちったぁ役に立てよみたいなところもあるなぁ。当時はこの紙一重ギャグを地味に冒険に同行しながらつづけるのかと思ってた気がするんで、いずれは強くなるのかと違和感もなかったけど、別にゾロの過去とも関わらず出番もなく消えたゲストだからなぁ。折られた刀補充要員。

 

割り切ったキャラで悲しい?

 

賞金稼ぎがちゃんと仕事しちゃうとルフィたちの出番がないのは確かなんだよな。政府が悪役に回ってる今回みたいなエピソードだと特に正義にもなりにくい訳で。この作品の強さ指標表現としての特色でもある懸賞金ってどのくらい機能してるつもりの設定だったんだろうな。払われてるシーンすら記憶にないが。