ONE PIECE 第156話

“オカマ日和”を読み返しました。

 

ラム島を出て5日目。

 

あ、エースが待ってる刻限そもそも切れてる? 今回から18巻。こんなにしっかり時間経過書いてあった記憶なかったなぁ。割と時間の流れが伸び縮みしてわかりにくいマンガだし。

 

ホットスポットでボンちゃんと遭遇回。

 

海上の湯気の中で船がすれ違い、カルーをエサに釣りしてたらオカマがかかったと言うエキセントリックな導入からマネマネの実の能力を親切にも教えてもらう流れ。ナミの幸せパンチ非公式一回目でもある。

 

右手で触れば相手の顔と体を真似られる。左手で自分の顔に触れさえしなければ戻らない。あれっすね。クロコダイルの理想国家なんていらんぐらい個人で人生を満喫できる能力じゃない? バトルマンガの能力としては強さに直結してないけど、戦わないように振舞って悪用考えた方が圧倒的に素敵な能力。

 

欲しい。

 

まぁ自分の外見を愛するボンちゃんなので、これほどの能力もクロコダイルの作戦に利用されるぐらいで終わって良かったと言うべきか。脱獄時のあれで死なせなかったのは下手にだれかに持たせると話がややこしくなることこの上ないからだとも思う。

 

そしてこの話をここに入れるのは超重要。

 

アラバスタ編ラスト、ビビとの別れの絵がマネマネの能力把握無くしては成立しないのもそうだし、ボンちゃんとの友情もここでルフィたちが先に能力を知って騙されないように対策できることが確定してこその話だからね。

 

つまり尾田栄一郎はすべてを見越していた?

 

わからない。マネマネをルフィたちと読者を騙す方で使うこともストーリーとしては考えたと思う。ただまぁそれは要するに話がややこしくなるって意味でもあり、それを嫌って先に見せた結果として綺麗にまとまる道筋ができたと考える方が自然な気はする。

 

何と言ってもアラバスタ編はここから23巻まで。

 

1年以上も先まで緻密に構成をしながら週刊連載をつづけるとかありえないでしょ。ビビが王女であることが急遽決まったとすれば尚更。まぁ腕に印を書いて最後に見せると言う絵は決まってて、そこから逆算してマネマネが出てきたとかの方がわかる。読者を騙す目的の能力ではなく、あくまで段取り。

 

だからこそMr.2ボン・クレーは因縁が薄かったのにキャラとして育った。特に縛りも過去もないので、どう陣営を動かそうとも自由だから。男からも女からも自由なオカマと言う存在がONE PIECEのテーマに沿ってるとまで言うのは言い過ぎだとしても、偶然の積み重ねに運命的なものはあったんだと思う。

 

そしてサンジのカマバッカ行きもここでナミへの変身をみなかったことで決まったのかもしれない。別にボンちゃんと戦う因縁とかなかったのに、見てないからリアクションできるってんでマッチされたのがあのバトル。冒険はひとつの油断が命取りなのだ。