ONE PIECE 第145話

“受け継がれる意志”を読み返しました。

 

お前はここへ死ににきたのさ

Dr.ヒルルク!!!

 

イッシー20はピンピンしており、ワポルは笑いながら死刑執行を宣言する。だれが見ても罠に引っかかったマヌケな男、そんな光景を見せられることにドルトンさえも苛立ちを隠せない。

 

よかった…

病人はいねェのか…

 

だがヒルルクは自分が騙されたことに憤るでもなく、国の一大事でなかったことにホッとしてみせる。ドルトンもイッシー20もその言葉にハッとする。醜悪なワポルとの対比もあり、このヤブ医者が物凄い高潔な男のように演出されてる。いや、高潔ではあるのだ。ただヤブ医者なだけの高潔な男。高潔であることとヤブ医者であることは両立するのだ。

 

そうかな?

 

しかし、人はいつ死ぬか。処刑に待ったをかけて語り出すヒルルクの言葉を聞き入ってしまう時点でこの空気は受け入れざるを得ない。サブタイトル、受け継がれる意志。それは止められないものとONE PIECEにおいては定義されるものだ。

 

…人に

忘れられた時さ…!!!

 

ヒルルクはここて死を克服した。死に際に笑う人たち、ONE PIECEで繰り返されるこのモチーフの意味は自分が“受け継ぐ者”に忘れられないと確信している人たちなのだ。

 

ドルトンは泣いた。

 

ワポルはドラムの王族である。血は間違いなく継いでいる、だが意志は継いでいない。そのことを目の前のマヌケによって理解してしまった男の涙だ。国に忠誠を誓っているが、国とは王なのか? ONE PIECEは血筋を否定する物語でもある。ルフィからして海兵の息子の革命家の息子でありながら海賊。否定の否定ですらない自由を目指している。

 

ならばDとは血筋以外のなにかだろう。

 

そんな予想をしつつ、バケモノの息子に手を出すなと言い残してヒルルクは散る。チョッパーのキノコでは死なない。そう覚悟を決めた男だ。すべてをやり尽くし、意志を受け継がせた。笑って死ねるのだ。

 

まったく!!!!

いい人生だった!!!!

 

とは言え、結構とんでもない爆発なんだよね。ONE PIECEじゃなきゃ王を巻き添えに自爆を試みたテロみたいな勢いである。チョッパーがすぐそばまで来てたら巻き込んでるぜ? ワボルは笑ってクレイジー野郎とか言ってるから余裕だけれども。どこまでも手加減のできない男でもあるヒルルク。

 

チョッパーとドルトン。

 

ヒルルクの死を笑ったことを詫び、もうこの国の犠牲になるなと諭す。かつてのチョッパーならばたぶんこの言葉を聞くこともできなかっただろう。全裸で撃たないとやった男の行動、爆死した男の行動、それぞれの意志が受け継がれていく。

 

まだわからないのか!!!

このイカれた国を救おうとした

たった一人の男が今 死んだのだ!!!

 

医療がどれだけ進歩しようともバカにつける薬はないと言い切るドルトンと、この世に治せない病気はないと万能薬を目指すチョッパー。受け継がれる意志は動きはじめた。回想はルフィの拳へと戻ってくる。ドルトンがドラムへ受け入れチョッパーが拾い上げた止まらない時代のうねりそのものの男への美しいまでのリレー。

 

嗚呼、素晴らしいね!