ONE PIECE 第142話

“ドクロと桜”を読み返しました。

 

お前はトナカイで…

木でも斬り倒せそうな立派な角を持ってる

 

ヒルルクはチョッパーを名付けた訳だけど、この立派な角があまり有効に活用されなかったのは残念に思う。ウソップとのコンビで最終的には高速移動しながら長距離狙撃をサポートできる戦う砲台になるとアラバスタ後はしばらく思ってたんだが、コンビ率が下がってて。

 

ドルトン、国を憂う。

 

国王がワポルに代替わりしてから国民との溝を深く感じていたらしい。まぁ良い国王だったらしい先代がちゃんと教育してないが故の体たらくなのか、ワポルの側に悪の資質があったのかはわからないんだが、チェスとクロマーリモもまぁ普通に悪いので教育が普通でも人を見る目がなさすぎるのではと疑われる。

 

ドンキホーテ・ホーミング聖タイプ? 天竜人にして人間宣言するような異端なのにドフラミンゴにはまったく教育ができてなかったの謎だよね。ロシナンテとの両極端を見るに本人の資質問題が強いのが基本なのかな?

 

で、世界会議でビビと会ってた回想。

 

回想の中の回想、って表現はONE PIECEでは頻出。ややこしくなるから普通は使わない。とは言えドラゴンが革命家で思想を危険視されているとかこの段階で入れてる辺り、終わりを見据えて布石を置いておきたい意思は感じる。こっから80巻分ぐらい経ってもドラゴンの思想は謎ですが!

 

この国は今 “病気”なんだ

国民もそう 王も政府もそうだ…

人の心は今 病んでいる

 

病気の国を治療する医者。その根拠は奇跡。まぁその、当時はあんまり疑問にも思わない少年として接したヒルルクの理屈だけど、政治家やるか革命家やるかしろよ。みたいな話なんだよね。個人的に病が治った?のを、いきなり国にまで適用しようってのが狂人なんだけれども。

 

ドクロの旗を掲げるイカれた男なんで命の恩人と慕うチョッパーと後のドルトン以外にはその気持ちが届いてる訳ではないと言う辺りが尾田栄一郎の冷静さ。あくまでチョッパーの心の支えの域は出ないようにしてる。

 

一緒にゲリラ医者活動。

 

この辺りのおとり作戦とかケンカとか短いシークエンスで2人のナイスコンビ感を盛り上げつつ、あの帽子も出し、楽しい生活は1ページで1年経過、退院へと物語のテンポははやい。

 

おれ友達なんかいないし!!!

行くとこなんてないんだよ!!!

ドクター!!!

 

追い出されるチョッパーの引きは強い。ヒルルクとしても自分の死期を悟った上での行動だが、なんかもうちょっと医者らしい段階を踏んだ手順を取れなかったものかと思う。だからこそのヤブ医者だが。

 

ドクロは信念の象徴。

 

そんなヒルルクがチョッパーには教えた誤った知識なんだが、この16巻のサブタイトルが“受け継がれる意志”と言うONE PIECEの大テーマのひとつであることを考えるとドクロの意味づけにはなにかの意図があるような気もする。ドラゴンの危険な思想に繋がるような、同じ話の中に出したのは、ヤブ医者と革命家が似たようなことをしてると言うほのめかしだとしてもおかしくはない。